空に咲く、一瞬の命——花火師・轟木誠一の四十年
消えるからこそ美しい。火薬と向き合い続けた男の、静かな矜持。

轟木 誠一(とどろき せいいち)63歳
花火師(煙火製造師) / 轟木煙火工房
秋田県大仙市・キャリア40年
秋田県大仙市生まれ。17歳で地元の老舗煙火店に丁稚奉公として入門し、以来40年、一貫して花火の製造と打ち上げに携わる。国内最大級の競技大会「全国花火競技大会」で三度の内閣総理大臣賞を受賞。現在は工房を構え、後継者の育成にも力を注ぐ。
「花火は空への手紙。届いたかどうかは、見た人だけが知っている。」
Interviewer
工房に入ったとき、独特の匂いがしました。轟木さんにとって、この匂いはどんなものですか?
轟木 誠一(とどろき せいいち)
ああ、気づきましたか。硝石と木炭と硫黄が混ざった匂いですね。私にはもう、実は匂わないんです(笑)。40年染み込んでしまって。でも、たまに東京へ出張して帰ってきたとき、工房の戸を開けた瞬間だけ、ふっとわかる。「ああ、帰ってきた」と。あの匂いが、私にとっての家の匂いなんだと思います。
Interviewer
花火師を志したのは、いつ頃のことですか?
轟木 誠一(とどろき せいいち)
志した、というより、引き込まれた、という感じに近いですね。小学校2年生のとき、大曲の花火大会を父に連れていってもらって。あの夜、一発の錦冠菊——金色の光が夜空いっぱいに広がって、ゆっくり降ってくる花火を見た瞬間、体が震えて、涙が出たんです。なぜ泣いているのか、自分でもわからなかった。その涙の理由を知りたくて、気がつけばこの道に入っていました。
Interviewer
17歳で丁稚奉公に入られたとのことですが、最初の仕事はどんなものでしたか?
轟木 誠一(とどろき せいいち)
3年間は、花火には一切触れさせてもらえませんでした。ひたすら掃除です。工房の床を磨いて、道具を磨いて、先輩の草履を揃えて。なぜかというと、床に火薬の粉が残っていたら爆発するからです。掃除は命がけの仕事なんですよ。師匠からは「お前が床を磨く精度が、花火の精度と同じだ」と言われました。当時は正直、腹が立った(笑)。でも今は、あの言葉が全ての基礎だったとわかります。
Interviewer
花火づくりで、一番難しい工程はどこですか?
轟木 誠一(とどろき せいいち)
「星」を作ることでしょうか。花火が開いたときに光る、一粒一粒の火の玉のことを「星」と呼ぶんですが、これは手作業で、一個ずつ丸めていくんです。直径1センチにも満たないものを、何百個も。配合する薬品の比率が0.1グラムズレただけで、色が変わる。温度でも変わる、湿度でも変わる。火薬は生き物ですから。同じ配合でも、梅雨の日に作ったものと真冬に作ったものは、燃え方が違う。その日の空気を読みながら、手の感覚で調整するんです。これは、誰かに教えられるものじゃない。
Interviewer
長いキャリアの中で、最大の危機というのはありましたか?
轟木 誠一(とどろき せいいち)
……ありました。32歳のときです。あれは、忘れられない。競技大会の本番前日、工房で最終調整をしていたときに、爆発事故が起きたんです。私のすぐ横で。助手の若い子が誤って火薬の袋を床に落としてしまって。私は咄嗟に伏せたので大きな怪我はなかったけれど、その子は右手に深い火傷を負いました。彼はその後、花火師を辞めました。私のせいだと、今でも思っています。指示が甘かった、管理が甘かった、と。あの夜は、翌日の大会を出場するかどうか、一晩中迷いました。
Interviewer
結局、どうされたんですか?
轟木 誠一(とどろき せいいち)
出ました。その子に電話して「出ていいか」と聞いたんです。そしたら彼が「先生、花火は打ち上げなければ完成しないでしょう」と言った。19歳の子が、そんなことを言った。私はもう、何も言えなかった。翌日、打ち上げた花火は、審査員からは高く評価されたけれど……正直、何も覚えていない。ただ、火を入れる瞬間、彼の顔だけ見えた気がしました。その年以来、私は安全管理のマニュアルを全部作り直して、工房のルールを根本から変えました。美しい花火と、安全は、絶対に両立しなければならない。これは私の、最も根本にある信念です。
Interviewer
その後、全国競技大会で三度の内閣総理大臣賞を受賞されています。受賞の瞬間はいかがでしたか?
轟木 誠一(とどろき せいいち)
最初の受賞は、45歳のときでした。自分の花火が夜空に開いた瞬間——あの大輪が広がるまでの0.数秒間、私はいつも息を止めているんです。「開いてくれ、開いてくれ」と。完璧に開いたとき、自然と息が出る。受賞の知らせより、あの瞬間の方がずっと嬉しかった。賞は、人に認められることですが、あの開花の瞬間は、花火が私に「よくできた」と言ってくれた気がするから。
Interviewer
轟木さんが特にこだわっている花火のスタイルや、技術はありますか?
広告
轟木 誠一(とどろき せいいち)
「芯物」と呼ばれる、花火の中心にさらに花火を仕込む技法に、長年取り組んでいます。外側が開いた後、もう一度内側から別の色が咲く。二重、三重の構造を作るんですが、タイミングがコンマ1秒でもズレると、どちらかが潰れてしまう。私が40年かけてたどり着いた三重芯の花火は、日本でも作れる人間が10人いないと言われています。でも正直、まだ満足していない。理想の三重芯には、もう少し時間が必要です。
Interviewer
「まだ満足していない」——40年経っても、そう思えるものなんですか?
轟木 誠一(とどろき せいいち)
むしろ、年を重ねるほど理想が高くなるんです。若い頃は「打ち上がれば嬉しい」だったのが、今は「あの夜空に、あの星の配置で、あの速さで開く花火」という、ものすごく細かいビジョンが頭の中にある。で、実際に打ち上がったものを見ると、また違う(笑)。花火は一発一発が一期一会で、同じものは二度と作れない。だから、追いかけ続けるしかないんです。
Interviewer
花火は打ち上がると、すぐ消えてしまいます。そのはかなさについて、どう感じていますか?
轟木 誠一(とどろき せいいち)
昔は、もったいないと思っていました。何ヶ月もかけて作ったものが、三秒で消える。でも、ある年の大会で、客席に双眼鏡を向けたことがあって。花火が開いた瞬間、何万人もの人が一斉に同じ空を見上げている。あの光景を見て、考えが変わりました。消えるからこそ、あの一瞬に全員の目が集まる。消えないものは、人は真剣に見ない。花火が美しいのは、消えるからなんだと。それからは、消えることが誇らしくなりました。
Interviewer
お弟子さんも何人かいらっしゃるとのこと。後継者の育成で、一番大切にしていることは何ですか?
轟木 誠一(とどろき せいいち)
「なぜ花火師になりたいのか」を、ことあるごとに問い続けることです。技術は教えられる。でも、なぜこの仕事をするのかという根っこがない人間は、必ずどこかで折れる。この仕事は、危険で、地味で、報われない時間の方がずっと長い。大曲の大会に出場できる花火師になるまでに、早くても10年はかかる。その10年間を支えるのは、技術じゃなくて「なぜ」の力です。今、うちに3人の弟子がいますが、彼らには毎年、子どもたちが花火を見て泣いている顔を直接見せるようにしています。あの顔を知っていれば、しんどい夜も乗り越えられる。
Interviewer
轟木さん自身が、この仕事を辞めようと思ったことはありますか?
轟木 誠一(とどろき せいいち)
一度だけ、あります。40代の半ばに、師匠が亡くなったときです。私を拾って育ててくれた人で、最後まで「お前の花火は、まだ甘い」と言い続けた人でした。亡くなった夜、工房に一人でいて、火薬の棚を見ながら、「もう誰に認めてもらえばいいんだ」と思ったんです。目標を失った感覚でした。でも翌年の夏、大会で私の花火が開いた瞬間、客席からどっと歓声が上がって。その声で気づいたんです。師匠に認められるためじゃなく、あの歓声のために作っていたんだと。その日から、前より軽くなりました。
Interviewer
63歳になった今、体力的な問題もあるかと思いますが、今後のことはどう考えていますか?
轟木 誠一(とどろき せいいち)
指先の感覚が、少し鈍くなってきているのは感じます。星を丸める手の精度が、若い頃とは違う。だから今は、弟子の手で作った星を、私の目と経験で仕上げる、という形に少しずつ移行しています。私の頭の中にある花火の設計図を、次の世代の手に移す作業ですね。あと5年か10年か——でもその間に、どうしても一発、完璧な三重芯を打ち上げたい。それが今の、最後の目標です。
Interviewer
最後に、花火を見る人たちへ、何かメッセージをいただけますか?
轟木 誠一(とどろき せいいち)
難しいことは何も考えなくていい。ただ、一発だけ、全力で見てほしい。スマートフォンをしまって、音を聞いて、光を浴びて、たった三秒間だけ、夜空の一点を見つめる。その三秒間に、私たちの何ヶ月かが全部詰まっている。もし、その三秒で何か感じてくれたなら——それが、私への返事です。花火は空への手紙ですから、返事は、見た人の胸の中にある。それで、十分なんです。
工房を後にするとき、轟木さんは「今夜、星がよく見える」とつぶやいた。花火師は、晴れた夜空を見て何を思うのだろう。打ち上げられなかった無数の花火の形を、星の中に探しているのかもしれない。四十年間、火薬と正直に向き合ってきた男の背中は、夕暮れの工房に静かに溶けていった。今年の夏も、大曲の夜空に、轟木誠一の三秒が咲く。
広告
2択で気軽にお答えください(匿名・研究目的で利用します)
轟木さんの言葉で、最も心に響いたのはどちらですか?
あなたが花火を見るとき、どちらを重視しますか?
轟木さんのような職人的な仕事、あなたはやってみたいですか?