「答えのない依頼に、答えを見つける」――一流ホテルのコンシェルジュが語る、おもてなしの本質
すべての「無理」に、可能性を探し続ける男

瀬川 隆一郎52歳
チーフコンシェルジュ / グランド・オリエンタル東京(架空)
東京都千代田区・キャリア28年
神奈川県横浜市出身。大学卒業後、都内の中堅ホテルに就職。29歳でロンドンの名門ホテルに研修留学し、コンシェルジュとしての真髄を学ぶ。帰国後、グランド・オリエンタル東京に移籍し、現在はチーフコンシェルジュとして後進の育成にも力を入れる。国際コンシェルジュ協会(レ・クレドール)の日本支部会員。
「「できません」は最後の手段ではなく、使ってはいけない言葉だ。」
Interviewer
瀬川さん、今日はお時間をいただきありがとうございます。まず最初に聞かせてください。コンシェルジュという仕事を、ひとことで表現するとしたら?
瀬川 隆一郎
「都市の案内人」でしょうか。いや、もう少し正確に言うと「ゲストの心の翻訳者」かもしれません。多くのお客様は、自分が本当に欲しいものを言葉にできていないんです。「レストランを予約してほしい」と言いながら、実は奥様との20周年記念をどう演出すればいいか、途方に暮れている。私たちの仕事は、その言葉の奥にある本当の望みを読み取り、形にすることです。
Interviewer
そもそも、なぜコンシェルジュを目指したのですか?最初からこの職業を志していたわけではないと聞きましたが。
瀬川 隆一郎
正直に言うと、最初はホテルマンになりたかっただけで、コンシェルジュへの強いこだわりはありませんでした。フロントやレストランも経験しましたが、25歳のとき、たまたまコンシェルジュデスクを手伝うことになって。そこで先輩が外国人のゲストから『明日の朝、富士山の頂上で日の出が見たい』と言われたのを目の当たりにしたんです。普通に考えたら無理でしょう。でも先輩は笑顔で『少々お時間をいただけますか』と言って、1時間後には五合目までのルートと、プロの山岳ガイドと、防寒具の手配まで整えた。あの瞬間に稲妻に打たれたような気がして、『この仕事がしたい』と思いました。
Interviewer
その後、ロンドンに渡られましたね。どのような経緯で?
瀬川 隆一郎
29歳のとき、当時の総支配人に『お前はコンシェルジュに向いている。本物を学んでこい』と言われて、ロンドンのホテルで2年間研修させてもらいました。ヨーロッパのコンシェルジュ文化は歴史が違う。18世紀から続く貴族へのサービスの流儀が今でも息づいていて、私がそれまで「サービス」だと思っていたものが、いかに表面的だったかを思い知らされました。最初の3ヶ月は毎日恥ずかしくて、悔しくて。英語も満足でないし、文化も違う。でも、だからこそ本質が見えてきた。おもてなしは国籍や言語を超える、と気づいたのもロンドンです。
Interviewer
「本質」とは具体的にどういうことでしょう?
瀬川 隆一郎
ロンドンで師匠と呼ぶべき先輩コンシェルジュ、ジェームズという男がいて、彼がよく言っていたんです。『ルーカス(私のロンドンでの呼び名です)、ゲストの顔ではなく、足元を見ろ』と。最初は意味がわからなかった。でも彼の言いたいことは、人は無意識のうちに本音を体で表す、ということなんです。荷物の持ち方、歩くスピード、靴の汚れ具合。ビジネスで来た人か観光か、急いでいるか余裕があるか。それを瞬時に読んで、最適なアプローチをする。言葉を交わす前に、すでにサービスは始まっているということを学びました。
Interviewer
帰国して、グランド・オリエンタル東京に移籍されてからの28年間で、最も印象に残っているエピソードを教えてください。
瀬川 隆一郎
一つだけ選ぶのは難しいですが……ある夜の出来事は今でも忘れられません。深夜12時を過ぎた頃、初老の男性が青ざめた顔でデスクに来て、『妻が今夜で最後かもしれない。入院している病院の近くで、妻が若い頃に食べたかったと言っていたモンブランを、今すぐ手に入れることはできますか』と言うんです。深夜です。当然、ケーキ屋はどこも閉まっている。でも私は『必ず用意します』と言いました。
Interviewer
深夜にモンブランを……どうやって?
瀬川 隆一郎
まず、私の個人的なネットワークを総動員しました。以前から関係を作っていた銀座のパティシエに直接電話して、事情を説明した。その人は快く引き受けてくれて、30分後に自ら焼きたての小さなモンブランを持ってきてくれた。そして病院への深夜搬入の許可を取るのに、また一苦労でしたが……結局、その方は奥さんにモンブランを届けることができた。翌朝、男性が涙をこらえながらお礼を言いに来てくれて、『妻は喜んで食べて、その夜に逝きました。でも最後に笑顔が見れた』と。このときほど、この仕事をしていてよかったと思ったことはありません。泣くのを必死でこらえましたよ。
Interviewer
そのパティシエとの「関係」という部分が気になりました。コンシェルジュにとって人脈はどれほど重要ですか?
瀬川 隆一郎
すべてです、と言っても過言ではない。ただ、誤解してほしくないのは、私が言う「人脈」はビジネスカードの交換枚数ではありません。本当に相手を思って、日頃から関係を育てること。あのパティシエさんとは、5年以上前から季節ごとにお客様を紹介したり、スタッフが誕生日ケーキを注文したりして、信頼を積み重ねてきた。「いざというとき動いてもらえる関係」は、平常時に作るものです。コンシェルジュのネットワーク作りは、365日、24時間の仕事なんです。
Interviewer
逆に、どうしてもできなかった依頼はありますか?「できません」と言わざるを得なかった経験は?
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瀬川 隆一郎
正直、あります。それが私のキャリア最大の挫折でもあります。40代のころ、ある著名な実業家の方から『明後日、プライベートジェットで南極に行きたい。現地でペンギンを1羽、手に取って触れるようにしてほしい』という依頼がきた。2日間、本当に寝ずに調べて手配を試みた。南極へのチャーター便は見つけたが、ペンギンへの接触は国際条約で禁じられている。私にできる範囲の限界と、法律・倫理の壁は別物です。お客様に丁寧に説明して、代替案として研究者と一緒に行ける観察ツアーをご提案しましたが、断られた。あの敗北感は今でも胸に刺さっています。でもそれがあったから、できないときの伝え方と、代替案の質を極限まで磨こうと決意した。
Interviewer
後進の育成にも力を入れていらっしゃると聞きます。若いスタッフに、最初に何を教えますか?
瀬川 隆一郎
「恥ずかしがること」を教えます。これは少し変な言い方に聞こえるかもしれないけれど。若いスタッフはどうしても「知らない」と思われることを恐れて、曖昧な答えをしてしまう。でも、知らないことは恥じゃない。知らないのに知ったふりをすることが、唯一の恥なんです。『少し調べてご確認します』と言ってその場を離れ、完璧な答えを持って戻る。そのプロセス自体が、ゲストへの誠実さです。それと、毎日必ず街を歩くこと。新しいレストラン、閉店した老舗、工事中の道。コンシェルジュはその街と一体でなければならない。
Interviewer
この仕事で最もつらい側面はどこですか?
瀬川 隆一郎
「感情の管理」ですね。ゲストが怒っているとき、理不尽な要求をされるとき、どんな状況でも笑顔と冷静さを保たなければならない。それは演技ではなく、訓練して身につけたものです。でも人間ですから、家に帰って一人で壁を見つめていることもある。特に若い頃は、自分が道具のように感じることもありました。それを変えてくれたのが、ロンドムのジェームズの言葉です。『お前が感動しなければ、ゲストは感動しない』。サービスの質は、自分自身がその仕事に何を感じているかに直結する。それからは、自分の感受性を大切にするようになりました。感情を殺すのではなく、感情を磨くことがこの仕事の本質だと思っています。
Interviewer
プライベートはどうでしょう。休日は何をされていますか?
瀬川 隆一郎
(笑)よく聞かれるんですが、正直、オフとオンの境目があまりないんです。休日でも街を歩くと、新しい発見をメモしています。ただ、意識的に「消費者」になる時間を作るようにしていて。自分が客としてレストランに行ったり、美術館に行ったりする。あのソースの温度が足りなかった、この美術館のスタッフの誘導が秀逸だった、と感じること自体が勉強になる。妻にはよく『あなたは旅行でもホテルの心配をしてる』と言われますが(笑)、それが苦痛ではないということは、本当にこの仕事が好きなんだと思います。
Interviewer
この28年間で、ご自身が最も変わったと感じる部分はどこですか?
瀬川 隆一郎
「待つこと」ができるようになりました。若い頃の私は、問題を見つけたら即座に動かなければ気がすまなかった。でも今は、あえて1秒待つことがあります。ゲストが言葉を探しているとき、その沈黙を埋めない。相手が本当に言いたいことが出てくるまで、静かにそこにいる。それは忍耐ではなく、相手への敬意です。人の話を「聞く」ことと「聴く」ことは全く違う。この違いを体で理解するのに、20年かかりました。
Interviewer
今後の目標や夢はありますか?
瀬川 隆一郎
二つあります。一つは、私が出会ってきたすべての「特別な瞬間」を記録した本を書くこと。コンシェルジュが見てきた、人間の素顔を。もう一つは、地方のホテルや旅館で働く若いコンシェルジュたちを支援する仕組みを作りたい。東京の五つ星ホテルだけがコンシェルジュ文化の場ではないはずです。山形の温泉旅館でも、沖縄のリゾートでも、その土地の魅力を深く知り、ゲストの心を読める人材が育てば、日本のおもてなしはもっと豊かになる。それが私の、この仕事への恩返しです。
Interviewer
最後に、コンシェルジュという仕事、そしてあなたのプロフェッショナリズムの核心にある言葉を教えてください。
瀬川 隆一郎
「記憶を作る仕事」だということです。モノは消えてなくなる。でも、あの夜に見た夕焼け、初めて食べたあの味、誰かにしてもらったあの言葉は、人の心の中に一生残る。私たちコンシェルジュが作っているのは、サービスではなく、記憶です。ゲストが10年後、20年後に『そういえばあのホテルで……』と話す物語の一ページに、私がいる。それだけで十分すぎるほどの理由になります。人生の節目に立ち会える仕事は、そう多くはない。私はその特権に、毎朝このバッジをつけるたびに感謝しています。
インタビューを終え、瀬川がデスクへ戻ると、さっそく一組の夫婦がスーツケースを引いて近づいてきた。彼はすっと立ち上がり、穏やかな笑顔で二人を迎える。その瞬間、彼の語ったすべてのことが、一つの所作に凝縮されているように見えた。コンシェルジュとは職業ではなく、生き方なのかもしれない。「できません」という言葉を使わない男は今日も、誰かの記憶の一ページを、静かに綴り続けている。
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