命が生まれる瞬間に、私はいつも立ち会う
25年間で3,000人以上の赤ちゃんを取り上げてきた助産師が語る、生と向き合う仕事の真髄

宮瀬 佐和子52歳
助産師・助産所所長 / みやせ助産所
京都府京都市・キャリア25年
看護学校を卒業後、京都市内の総合病院で産科勤務を経て、30代半ばに地元・京都で自らの助産所を開業。現在は年間約80件の分娩を扱うほか、妊産婦のメンタルサポートや地域の子育て支援活動にも積極的に取り組む。二児の母でもあり、自身の出産経験が助産師としての哲学を形成する大きな転機となった。
「産声は、世界への最初の挨拶」
Interviewer
昨夜もお産があったとうかがいました。まずはお疲れのところ、ありがとうございます。助産師という仕事に就こうと思ったのは、いつ頃のことだったのでしょうか?
宮瀬 佐和子
いえいえ、こういう取材の日に限ってお産が重なるんですよ(笑)。助産師を目指したきっかけですか……正直に言うと、最初は「助産師」という職業をよく知らないまま看護学校に入ったんです。産科の実習で初めてお産に立ち会ったとき、赤ちゃんの産声を聞いた瞬間、体が震えて。涙が止まらなくて。先輩の助産師さんに「向いてるかもね」って笑われたのを今でも覚えています。あの震えは25年たった今も、毎回あります。
Interviewer
産声のたびに震える、というのは驚きです。慣れることはないんですか?
宮瀬 佐和子
慣れてしまったら、たぶんやめ時だと思っています。お産は毎回、まったく同じものがない。同じお母さんでも、一人目と二人目は全然違うんです。胎児の向きも、陣痛の波も、その日の気圧や気温まで関係してくる。私たちはよく「お産は生き物」と言うんですが、本当にそうで、どんなにベテランになっても次の展開が読めない。その緊張感の中で産声が聞こえるから、震えるんだと思います。
Interviewer
病院の産科と助産所、両方でご経験されていますね。独立しようと決めたのは、何か理由があったのですか?
宮瀬 佐和子
病院での10年間は、本当に大切な修行期間でした。でもある時期から、ずっとひっかかっているものがあって。病院のお産というのはどうしても医療のシステムの中に組み込まれていて、女性が「お産をする主体」というより「処置を受ける患者」になってしまいやすい。もちろん医療が必要な場面はたくさんある。でも、低リスクの正常なお産なら、もっと女性が自分の力を信じられる環境で産めるんじゃないか、と思い始めたんです。
Interviewer
その思いを決定的なものにした出来事はありましたか?
宮瀬 佐和子
あります。私自身の出産です。28歳で長男を産んだとき、勤めていた病院で産んだんですが……同僚のいる場所でのお産が恥ずかしくて、陣痛の痛みを声に出せなかったんです。「助産師なのに情けない」って自分を責めながら、ひとりで痛みを抱えていた。産後しばらく、あの出産の記憶を振り返るたびに悲しくなる時期があって。それが産後うつの走りだったと思います。もし誰かがそばで「痛くていいよ、叫んでいいよ」と言ってくれたら、全然違ったんじゃないか。その経験が、私の助産所の原点になっています。
Interviewer
ご自身の産後うつの経験が、助産師としての哲学に直結しているわけですね。今、産後のメンタルサポートにも力を入れているのはそのためですか?
宮瀬 佐和子
そうです。産後うつは、特別な人がなるものじゃない。妊娠中のホルモンが一気に下がり、睡眠も取れない中で、初めて出会う責任の重さに圧倒される。誰でもなりうる。でも「母親なのに弱音を吐いてはいけない」という空気がまだ社会にあって、それが孤立を生む。うちの助産所では産後1か月間、週1回は必ず訪問するか来てもらうかして、ただ話を聞くだけの時間を作っています。解決策を出すんじゃなくて、まず「そう感じていいんだよ」と言える場所でありたい。
Interviewer
開業17年の中で、一番つらかった経験を聞かせていただけますか?
宮瀬 佐和子
……一つだけ選ぶのは難しいですが、開業4年目に経験した搬送を忘れることはできません。お産の途中で赤ちゃんの心拍が急激に落ちて、すぐに連携している病院に救急搬送した。赤ちゃんは無事でしたが、処置が数分遅れていたら、という状況でした。搬送先の病院の先生が迅速に動いてくださって本当に助かった。でもその夜、自分の判断のどこかに遅れはなかったか、サインを見落とさなかったか、一晩中シミュレーションし直しました。助産所というのは、正常なお産を扱う場所。その「正常」が「異常」に変わる瞬間を見逃してはいけない。その事例の後、搬送基準と連携プロトコルを全面的に見直しました。
Interviewer
責任の重さを、改めて突きつけられたわけですね。そのプレッシャーとどう向き合っているのですか?
宮瀬 佐和子
プレッシャーをなくすことはできない。むしろなくしてはいけないと思っています。命を預かる緊張感は、技術と判断を磨き続けるエンジンなので。ただ、そのプレッシャーを一人で抱えないようにすることは意識しています。うちには助産師が私を含めて3人いますが、お産のたびに必ずカンファレンスをして、ヒヤリとした部分も含めて共有する。「こういう場面でこう感じた」と話せる関係性が、安全につながると信じています。
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Interviewer
逆に、この仕事の最大の喜びはどこにありますか?
宮瀬 佐和子
赤ちゃんが生まれた直後に、お母さんの胸の上に乗せる「カンガルーケア」の瞬間です。さっきまで泣いていた赤ちゃんが、お母さんの体温と鼓動に触れた途端に、すっと泣き止むことがある。何千回見ても、あれは奇跡だと思う。お母さんは疲れ果てているのに、赤ちゃんを見た瞬間に顔が変わる。もう「患者」でも「妊婦」でもなく、「この子のお母さん」になる瞬間が、まさに目の前で起きる。その場に立ち会える職業は、世界中探しても助産師くらいだと思っています。
Interviewer
最近、少子化の問題も深刻です。助産師という立場から、社会に対して感じることはありますか?
宮瀬 佐和子
産みたいのに産めない、という人がたくさんいます。経済的な理由、パートナーとの関係、キャリアの不安……相談に来る方から聞いていると、「産む」という選択がいかに孤独で、怖いことになっているかを感じます。少子化は政策だけで解決できる問題じゃない。「子どもを産んで、大変な思いをしたとき、誰かがそばにいてくれる」という実感を社会全体として持てるかどうかだと思う。私たちの助産所が地域でそういう存在であれるよう、子育て支援のカフェも月に2回やっています。産む前も産んだ後も、ここに来ればいいよ、という場所でありたい。
Interviewer
後進の育成にも取り組まれているとうかがいました。若い助産師たちに特に伝えたいことはありますか?
宮瀬 佐和子
「自分の手を信じなさい」とよく言います。今の教育はどうしてもモニターやデータ中心で、数字で判断することに慣れてしまっている。もちろんそれは大切。でも助産師の仕事には、お腹を触ったときの感触、お母さんの目の変化、部屋の空気の変わり具合……数字にならないものを読む技術があって、それこそが何年もかけて磨くものです。技術だけじゃなくて、目の前にいる人に本当に関心を持てるかどうか。それが全部の根っこだと思っています。
Interviewer
「数字にならないものを読む」というのは、具体的にはどういうことでしょう?
宮瀬 佐和子
たとえば、陣痛の波と波の間に、お母さんが目を閉じてふっと息を抜く瞬間があります。あれは「もうすぐだ」というサインなんです。言葉では説明しにくいけれど、体がお産に集中し始めたときに出る表情がある。逆に、表面上は落ち着いているのに何かがひっかかる、というときがあって、そういうときは決まってデータを再確認すると何かが見つかる。経験が積み重なると、そういう「感覚」が研ぎ澄まされてくる。それを「勘」で終わらせず、言語化して後輩に伝えるのが今の私の仕事だと思っています。
Interviewer
宮瀬さんにとって、「プロフェッショナル」とはどういう存在だと思いますか?
宮瀬 佐和子
……その問いは難しいですね。長く考えたことがあります。私が出した答えは、「その人がいることで、場の質が変わる人」です。技術だけじゃなくて、その人がそこにいることで、お母さんが安心できる、怖くなくなる、自分の力を信じられる。そういう存在が本物のプロじゃないかと。だから私はまだプロフェッショナルじゃないかもしれない(笑)。でも、すべてのお産が終わったあとに「宮瀬さんがいてくれてよかった」と言っていただけるよう、毎回その一言を目指しています。
Interviewer
最後に、これから助産師を目指す方、あるいは今まさにお産を控えているお母さんたちにメッセージをいただけますか?
宮瀬 佐和子
助産師を目指す人には、「怖がらなくていい」と言いたいです。怖いのは、真剣だからです。その怖さを抱えたまま走り続けていいし、その怖さが人を守ります。そしてお産を控えているお母さんたちへ。あなたのお腹の赤ちゃんは、もう何か月も一生懸命生きてきています。お産は試験じゃない。うまくやろうとしなくていい。ただ、赤ちゃんと一緒に、その日をむかえてください。私たちはいつも、その隣にいます。産声が聞こえる瞬間まで、ずっと。
インタビューを終え、宮瀬さんはさらりと「ちょっと仮眠を取ってきます」と微笑んで奥へと消えた。次のお産の連絡がいつあるかわからないから、と。命が生まれる瞬間は予告なくやってくる。それに備え続けること25年。その眼差しの静けさは、幾千もの産声を聞いてきた者だけが持ちうる、揺るぎない安らぎのようだった。宮瀬さんが「プロ」を名乗ることを躊躇するかぎり、この助産所に命を託す家族が絶えることはないだろう。
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