星は嘘をつかない——天空と向き合い続けた25年
夜ごと望遠鏡を覗き込む観測員が語る、宇宙との対話

宮瀬 透子52歳
天文台観測員・研究員 / 北嶺天文台(架空)
長野県南牧村・キャリア25年
長野県出身。信州大学理学部天文学科を卒業後、国立天文台での研修を経て、27歳で北嶺天文台に着任。以来25年間、変光星の観測と小惑星の軌道計算を専門とし、国際天文学連合に登録された小惑星を3つ発見している。2019年には文部科学大臣表彰を受賞。
「「見えないものを見ようとする意志こそが、科学の始まりだ」」
Interviewer
今夜は特に何を観測されているんですか?
宮瀬 透子
かんむり座にある変光星を追っています。約3週間の周期で明るさが変わる星なんですが、ここ数ヶ月、そのリズムがわずかにずれてきている。何かが起きているはずなんです。それが何なのかを、データを積み重ねることで少しずつ明らかにしていく——それが今の私のいちばんの仕事です。地味に聞こえるかもしれませんが、私にとっては宝探しより面白い。
Interviewer
宮瀬さんが天文の世界に入ったきっかけは何だったんでしょう?
宮瀬 透子
小学校3年生のときに、父に連れられて近くの公民館の星空観察会に行ったんです。そこで初めて望遠鏡を覗いて、土星の輪を見た。あの瞬間は今でも体が覚えています。「これは本物なの?」って震える声で父に聞いたら、「本物だよ」って笑いながら言われて。本物なのに信じられないくらい美しいものが、確かにそこにある。その矛盾が、子供心にずっと引っかかったんだと思います。「なぜ存在するのか」という問いが、ずっと頭から離れなかった。
Interviewer
でも大学で天文学を専攻するというのは、当時は珍しい選択だったのでは?
宮瀬 透子
周囲からは反対されましたよ(笑)。「食えない仕事だ」「女の子が選ぶ学部じゃない」と。でも私には、他の選択肢が正直見えなかった。就職を考えるより先に、あの土星の輪のことを考えてしまう人間だったので。母だけは「透子がやりたいなら」と言ってくれました。その言葉がなかったら、どうなっていたかわからない。母は昨年亡くなりましたが、小惑星を発見するたびに、空に向かって「見てる?」と言ってしまいます。
Interviewer
大学卒業後、国立天文台での研修を経てここに着任されるわけですが、研究者としてではなく「観測員」というポジションを選んだ理由は何だったんですか?
宮瀬 透子
正直に言えば、大学院で挫折したからです。修士課程に進んで論文を書いていたとき、私は自分が「考える研究者」より「見る観測者」に向いていると気づいたんです。理論を組み立てることより、実際に望遠鏡を操作して、データを取ることに異様な喜びを感じていた。指導教員には「もったいない」と言われましたが、私の中では迷いがなかった。観測なしに天文学は成立しない。最前線で空と向き合う仕事を選んで、後悔は一度もありません。
Interviewer
この天文台に着任した当初はどんな状況だったんですか?
宮瀬 透子
当時の台長が一人で切り盛りしていて、機材も古く、予算も少ない、本当に小さな台でした。周囲の若い同期たちが大型施設に就職していくのを見て、「私は正しい選択をしたのか」と不安になったことも正直ありました。でも、この台には自由があった。大きな施設では観測時間が割り当て制で、自分のやりたい観測を思い通りにできないことも多い。ここでは、空さえ晴れていれば、自分の判断で何でもできる。その自由が、今の私を作ったと思っています。
Interviewer
25年のキャリアの中で、最大の転機はどこでしたか?
宮瀬 透子
着任から7年目、2006年の秋です。ある夜、いつも通り変光星の観測をしていたら、予定外の光点が視野に入ってきた。恒星のデータと照合しても一致しない。最初は機材の誤作動かと思いました。でも翌晩も、その次の晩も、同じ位置に同じ光点がある。しかも少しずつ位置が動いている。直感的に「これは小惑星だ」と思ったとき、手が震えて望遠鏡のダイヤルが回せなくなりました。報告するまでの数日間、誰にも言えなくて、一人で夜ごと確認し続けた。確信を持てるまでは、言えなかった。
Interviewer
そのときの気持ちを、もう少し聞かせてもらえますか?
宮瀬 透子
怖かったんです。「見間違いだったら」という恐怖と、「本当だったら」という喜びが同時にあって、どちらかに気持ちを傾けることができなかった。1週間後に国際天文学連合に報告したとき、確認の連絡が来るまでの数時間は、生きた心地がしなかった。認定通知が届いたとき、ドーム室の床に座り込んで、泣きました。誰もいない、暗い観測室で、一人で。あの孤独な喜びは、他の何にも代えられない経験です。その小惑星には、後に「Miyase-Toko」という名前がつきました。
Interviewer
一方で、この仕事の苦労はどんなところにありますか?
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宮瀬 透子
天気に翻弄される、これに尽きます(苦笑)。観測の予定を立てても、曇ったら何もできない。特に梅雨の時期は、2週間まったく星が見えないこともある。そういうとき、何かをしなければという焦りと、どうにもできないという無力感の間で、自分を保つのが大変です。でも長年やっていると、「待つ」ことが仕事の一部だとわかってくる。晴れない夜は、データの整理をしたり、文献を読んだり。星を待ちながら、自分を磨く時間だと今は思っています。
Interviewer
生活リズムも、かなり独特ですよね。毎晩夜通し作業をして、昼間に眠る。
宮瀬 透子
ええ。「人間をやめた感覚」と後輩に言ったら、ひどく心配されました(笑)。でも本当に、昼の世界と夜の世界は別物です。私は夜の世界の住人になっている。家族は……正直、苦労をかけました。夫も理解ある人でしたが、子供が小さいころ、夜中に熱を出したとき山にいて、すぐに帰れなかったことがある。そのことは今も胸に残っています。プロとして仕事をするということは、何かを犠牲にすることでもある。それは美化せずに、ちゃんと受け止めなければいけないと思っています。
Interviewer
観測データを長年蓄積することの意義を、どう捉えていますか?
宮瀬 透子
私一人の観測データは、宇宙全体から見れば砂粒一粒以下です。でも、その砂粒が世界中に何万粒もあって、積み重なることで、科学は進む。私が今記録しているデータが、100年後の誰かの研究の基礎になるかもしれない。実際、私も100年前の観測記録に助けられることがある。名前も知らない先人が、淡々と記録し続けた数字が、今の私の発見を支えている。「いい仕事をする」というのは、未来の誰かへの手紙を書くことだと思っています。
Interviewer
最近、AI技術が天文観測にも使われ始めていますが、そういった変化についてはどう感じていますか?
宮瀬 透子
正直、最初は脅威に感じました。AIが自動で星を分類し、小惑星を検出する時代になったら、私のような観測員は必要なくなるのか、と。でも使ってみてわかったのは、AIは「パターンの中にあるもの」を見つけるのは得意だけれど、「パターンの外にあるもの」には気づきにくい。私が小惑星を発見したときも、「おかしい」という違和感が先にあって、そこから発見につながった。その「おかしさへの感度」は、長年空を見続けた人間にしか持てないものだと思っています。AIと競うのではなく、AIが拾えないものを拾う存在になればいい。
Interviewer
若い世代で天文の道を目指す人たちに、どんなことを伝えたいですか?
宮瀬 透子
「ロマンだけでは続かないが、ロマンがなければ絶対に続かない」ということです(笑)。この仕事は寒いし、孤独だし、給料が特別いいわけでもない。でも、晴れた夜に暗闇に目を凝らしていると、宇宙が自分に話しかけてくるような感覚がある。その感覚を、ぜひ一度、本当の暗闇の中で体験してほしい。スマートフォンを切って、人工の光のない場所で、ただ空を見上げてほしい。それで「何かを感じた」という人は、この道に向いています。
Interviewer
今後の夢や目標を聞かせてください。
宮瀬 透子
もう一つ、小惑星を見つけたいですね。それはもちろんあります。でも最近、もっと大きな目標ができました。この台の観測記録を、デジタルアーカイブとして世界に公開するプロジェクトを立ち上げようとしています。開台以来40年分の記録が、紙と古いフィルムのまま眠っている。それを掘り起こして、世界の研究者が使えるデータにしたい。誰かの100年後の発見のために。それが、私がこの台でできる、最大の仕事だと思っています。
Interviewer
最後に、宮瀬さんにとって「空を見る」とはどういうことですか?
宮瀬 透子
自分が小さくなることです。望遠鏡を覗いていると、何十億光年も離れた場所から来た光が、私の目の網膜に届いている。それは、途方もない時間と距離を越えた対話なんです。自分の悩みや不安が、本当に取るに足らないものに思えてくる。でも同時に、そこに「気づける自分がいる」ことの不思議も感じる。宇宙は広大で、人間は小さい。でも、その広大さに気づけるのは人間だけかもしれない。星は嘘をつかないし、見た人間を裏切らない。だから私は、今夜もここに来ます。
取材を終えた後、宮瀬透子は静かに観測室に戻っていった。ドームが開き、望遠鏡が夜空へと向いた。暗闇の中で彼女の横顔が、遠い星の光をわずかに受けて浮かび上がった。25年間、彼女が見てきた空は、いつも同じ空ではない。毎晩、少しずつ違う光が降り注ぐ。その差異を見逃さないために、彼女は今夜も山の上にいる。「見えないものを見ようとする意志」——それは科学の言葉であると同時に、一人の人間が生涯をかけて磨き続けてきた、魂の形そのものだった。
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