星空は、人間が一番小さくなれる場所
プラネタリウム解説員・相馬恭一が語る、「暗闇」から始まる教育の力

相馬恭一44歳
プラネタリウム解説員・天文教育士 / 藤沢市立宇宙科学館「ステラドーム藤沢」
神奈川県藤沢市・キャリア19年
静岡県浜松市出身。大学では天文学を専攻するも就職氷河期の煽りで一度は保険会社に就職。27歳のとき偶然訪れたプラネタリウムで人生が一変し、学芸員資格を取得して転職。現在は年間来館者約18万人を誇る藤沢市立宇宙科学館の主任解説員を務め、子どもから高齢者まで幅広い層に「生きた星空の授業」を届け続けている。
「「見上げれば、誰でも同じ空の下にいる」」
Interviewer
今日はドームの中でお話を伺えるということで、本当に贅沢な取材です。まず、プラネタリウムの解説員という仕事を一言で表すとしたら、どう表現しますか?
相馬恭一
うーん、「暗闇の案内人」でしょうか。物理的な暗闇でもあるし、人が日常の中で見失っているものへの、精神的な暗闇の案内人でもあると思っています。明るい場所では気づかないことが、暗くなると見えてくる。それって星だけじゃないんですよね。自分の内側のこととか、隣にいる人の存在とか。私が案内しているのは、宇宙への扉であると同時に、そういう場所への入口でもあるのかなと。
Interviewer
詩的な表現ですね。でも宮下さんは、もともと保険会社に勤めていたと伺いました。天文学を専攻していたのに、なぜその道に進まなかったのでしょう?
相馬恭一
就職活動をしていた2002年頃ってちょうど氷河期の真っ只中で、天文台や科学館の求人なんてほとんどなかったんです。あっても競争率が何十倍という世界で。私は正直、就職することに必死で、「好きなことで食べていく」なんて贅沢だと自分に言い聞かせていました。保険会社では営業として、毎日お客様のところを回って。仕事自体は嫌いじゃなかったんですが、夜空を見上げるたびに、何か大事なものから遠ざかっていく感覚があって。今思えば、ずっと息苦しかったんですね。
Interviewer
その転機が、プラネタリウムへの訪問だったわけですね。どんな経緯だったんですか?
相馬恭一
27歳のある土曜日、ちょうど失恋した直後で(笑)、何も考えたくなくてふらっと近くの科学館に入ったんです。特に期待もせず、ただ時間を潰すつもりで。そのとき担当していた解説員の方が、60代のベテランの男性で。淡々とした語り口なんですけど、「今から40億年後、太陽は膨張して地球を飲み込みます。でも、この宇宙から見れば、それもほんの一瞬の出来事です」と言ったんです。その言葉を聞いた瞬間、なぜか泣いていて。失恋の悲しみも、仕事の焦りも、全部どうでもよくなったというか。自分の悩みが、宇宙のスケールの前でスーッと小さくなった感覚。あの体験が私の人生を変えました。
Interviewer
そこから転職を決意されたんですね。具体的にはどう動いたんですか?
相馬恭一
すぐにではなかったです。まず、仕事を続けながら夜間と週末で学芸員の資格を取りました。2年かかりましたね。当時付き合っていた彼氏には「また星の話?」ってよく呆れられていて、その彼とも別れてしまったんですが(笑)。資格を取って各地の科学館に片っ端から応募しました。最初の2年は全部落ちました。「実務経験がない」「専門職の欠員がない」という理由で。それでも諦めなかったのは、あのドームの中で感じた確信があったからだと思います。私はこの仕事がしたいんだって。
Interviewer
ようやくこの藤沢の科学館に採用されたのは?
相馬恭一
29歳のときです。でも最初は嘱託職員で、お給料は保険会社時代の半分以下でした。親には反対されましたよ、当然。「せっかく安定した会社を辞めて何をしているの」って。でも不思議なことに、お金が少なくなっても豊かさを感じていたんです。毎朝ドームに来るのが楽しみで仕方なかった。最初は補助的な作業が中心でしたが、少しずつ解説の機会をいただいて。初めてマイクを持ってドームに立ったとき、手が震えましたね。でもその震えが、「怖い」じゃなくて「嬉しい」の震えだったんです。
Interviewer
解説員として最初の頃、苦労したことはどんなことでしたか?
相馬恭一
一番難しかったのは、「誰に話すか」を意識することです。大学で学んだ天文学の知識は確かにあります。でもそれをそのまま話しても、誰にも届かないんですよ。専門用語を並べても、お客さんの目が輝かない。特に子どもたちには全然刺さらなくて。先輩の解説員に「宮下さんの解説は、教科書の朗読だ」と言われたことがあって。それが本当に悔しくて。じゃあどうすればいいのかと考えたとき、「知識を届けるんじゃなくて、感動を一緒に体験するんだ」という発想の転換ができて。そこから少しずつ変わっていきました。
Interviewer
「感動を一緒に体験する」というのは、具体的にどういうことですか?
相馬恭一
例えば、「夏の大三角」を説明するとします。「こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブからなる……」という説明は誰でもできますよね。私はそこに「ベガとアルタイル、この二つの星の間には約16光年の距離があります。もし七夕のように二つの星が恋をしているとしたら、「好きだ」という気持ちを光の速さで送っても、相手に届くまで16年かかる」という話をするんです。天文学的には違うのかもしれないけれど、その距離の実感が、一つの星座を全然違うものに見せる。子どもたちが「えーっ!」って声を上げてくれると、ドームに響くんです。あの声が、私のエネルギー源です。
Interviewer
来館者の中で、特に記憶に残っているエピソードはありますか?
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相馬恭一
たくさんありすぎて迷うんですが……3年ほど前、終了後に一人のお爺さんが声をかけてきてくださったことがあって。80代くらいの方で、「妻を連れてくる約束をしていたけれど、先に逝かれてしまった。だから自分が代わりに来た」とおっしゃって。奥さんは星が好きだったそうで、二人でいつかプラネタリウムに行こうとずっと話していたけど、なかなか来られないうちに体調を崩されてしまったと。「妻の分も見てやれましたよ」って、目を細めて。私はその場で泣いてしまって、本当に失礼なんですけど。あの言葉は今でも心の中にあって、解説をするたびにそのお爺さんのことを思い出します。ここに来てくださる方には、それぞれの人生がある。その時間を預かっているんだという気持ちが、より深くなりました。
Interviewer
反対に、仕事の中で一番辛かった時期はいつですか?
相馬恭一
コロナ禍です。2020年の春、科学館が閉館になって。最初は1ヶ月くらいかなと思っていたのが、半年近くドームが沈黙したままで。解説員として声を出す機会がない。お客さんの顔が見られない。あのドームの暗闇は、本来は希望の暗闇なんですが、誰もいないドームに一人で入ったとき、こんなに怖い場所なんだと初めて思いました。それと同時に、ここがどれほど多くの人にとって必要な場所だったかを痛感して。閉館期間中に、オンラインの星空解説を試みたんです。自分でカメラを設置して、配信して。最初は視聴者が家族くらいしかいなかったんですが(笑)、続けているうちに毎回300人以上見てくださるようになって。再開後に「オンラインを見ていました」と来てくださる方も多くて、それが本当に嬉しかった。
Interviewer
宮下さんは現在、子ども向けのワークショップにも力を入れていると聞きました。教育という観点からプラネタリウムをどう捉えていますか?
相馬恭一
プラネタリウムは、唯一「全員が同じ方向を向いて、同じものを見る」空間だと思うんです。学校の教室は先生と生徒が向き合う。でもドームは違う。みんなが同じ空を見上げている。その一体感の中で生まれる感動って、一人で見るのとは全然違う。子どもたちへのワークショップで大切にしているのは、「答えを教えない」ことです。「あの星座は何に見える?」と聞くと、十人十色の答えが返ってくる。「クマに見える」「ロケットだ」「おじいちゃんの顔みたい」って。その全部が正解で、それを認め合う。星空は、多様性を自然に受け入れさせてくれる場所なんです。今の子どもたちって、SNSで「いいね」の数で価値が決まる世界に生きているでしょう。でもここでは、誰のことも否定しない。それが私が教育として伝えたいことの核心かもしれません。
Interviewer
解説の内容は毎回変えているんですか?準備にはどれくらいの時間をかけますか?
相馬恭一
季節によって見える星が変わりますし、特別投影は内容を完全に組み直します。月に一度の新番組の準備には、構成だけで2週間以上かかります。台本を書いて、音楽を選んで、映像の流れと言葉のタイミングを合わせて。それを声に出して練習するんですが、一人でドームの中でリハーサルしていると、だいたい泣けてくるんですよ(笑)。「ここで子どもたちがどんな顔をするかな」って想像すると、もう感動してしまって。本番前から泣いていたら仕事にならないので、ある程度慣れるまで練習するんですが。同僚には「また一人でドームで泣いてる」って呆れられています(笑)。
Interviewer
19年間この仕事を続けてきて、星空の見え方は変わりましたか?
相馬恭一
本物の夜空が、より立体的に見えるようになりました。昔は空という「面」を見ていたんですが、今は奥行きが感じられるんです。あの星は300光年先、あれは3,000光年先、って。でも一番変わったのは、星そのものよりも、星を見ている人への関心です。プラネタリウムで星空を投影するとき、ドーム全体が暗くなって、お客さんの輪郭が消えますよね。その瞬間、みんなが平等になる。お金持ちも、貧しい人も、大人も子どもも、健康な人も病気の人も、暗闇の中では同じ星の下にいる。そのことが、年を重ねるほど美しく思えるんです。
Interviewer
ご自身のお子さんにも、星の話をよくするんですか?
相馬恭一
子どもが13歳と10歳いるんですが、意外と親の職業ってクールだと思ってもらえなくて(笑)。友達には「お母さんのプラネタリウムを見に行った」って自慢してくれるみたいですが、家では「また星の話?」って言われます。でも去年、学校の理科の授業で星の単元があったとき、上の子が「お母さんの説明の方がわかりやすい」と言ってくれて。それが本当に嬉しかったですね。子育てと仕事の両立は正直大変で、保育園の送り迎えをしながら台本を考えていた時期もありましたし、夜の特別投影の日は夫に任せっきりのこともありました。でも子どもたちが「お母さんの仕事、いい仕事だね」と言ってくれた日は、全部報われた気がしました。
Interviewer
最後に、これからプラネタリウムの仕事を目指す人、あるいは「好きなことで食べていけるか不安」という人たちへ、メッセージをお願いできますか?
相馬恭一
私は27歳まで遠回りをしたと思っていたんですが、今は全く遠回りだと思っていません。保険の営業で身につけた「相手に伝わる言葉を選ぶ力」が、今の解説に全部生きているんです。だから焦らなくていい、と伝えたいです。それと、「好きなことで食べていけるか」という問いへの答えは、「食べていける量を好きなことで稼ぐことにする」じゃないかと思っています。私も最初は収入が激減しました。でも「お金の量」と「豊かさの量」は、必ずしも比例しない。あのドームで、「わあ」という声を聞くたびに、私はとても豊かな気持ちになります。その「わあ」を一生集め続けたいと思っているんです。星空は、どこにいても同じように見えます。見上げる勇気さえあれば、ね。
取材を終え、ドームの外に出ると、夕暮れの空に金星が一つ輝いていた。相馬恭一は空を見上げ、「今日の夕方は見やすいですよ」と言って、次の投影へ向かっていった。19年分の「わあ」という声を積み重ねてきた人の背中は、穏やかで、力強かった。プラネタリウムとは、暗くなることで初めて見えるものがあると教えてくれる場所だ。そしてそれは、人生そのものの縮図でもあるのかもしれない。
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