皮膚の下に宿る物語——特殊メイクアーティスト・黒澤凛が描く「もうひとつの命」
傷跡も老いも、すべては人間の真実を語るための言葉だ

黒澤 凛(くろさわ りん)44歳
特殊メイクアーティスト / スタジオ・モルフォ(Studio Morpho)
東京都杉並区・キャリア21年
東京造形大学彫刻科を卒業後、舞台衣装の現場を経て特殊メイクの世界へ。ニュージーランドのWETA Workshopに3年間留学し、プロテティクスと生体模倣技術を習得。帰国後に独立、映画・ドラマ・舞台を横断する特殊メイク工房「Studio Morpho」を設立。代表作に映画『獄の底』『蟬の翅(はね)』など。
「「皮膚は嘘をつかない」」
Interviewer
この工房、初めて来ると少し圧倒されますね。壁中に顔が並んでいて。
黒澤 凛(くろさわ りん)
よく「ホラー映画みたい」って言われます(笑)。でも私にとってはここが一番安心できる場所なんです。この顔たちは全員、過去の作品に関わった「人たち」ですから。捨てられないんですよ、どうしても。あの俳優さんがこの顔で泣いた、あのシーンでこの傷が雨に濡れた、そういう記憶が染み込んでいる。
Interviewer
特殊メイクの仕事をひと言で表すとしたら、黒澤さんはどう表現しますか?
黒澤 凛(くろさわ りん)
「時間の彫刻家」でしょうか。人間の体には時間が刻まれますよね。生きた年数、経験した痛み、笑ってきた回数。私の仕事は、その時間を数時間で俳優さんの肌に再現することです。若い俳優さんが80歳を演じるとき、私が作るのは「老人の外見」じゃなくて「その人が生きてきた80年」なんだと思っています。
Interviewer
もともとは彫刻を専攻されていたんですよね。特殊メイクとの出会いはどのように?
黒澤 凛(くろさわ りん)
大学3年生のとき、学祭の演劇部から「ゾンビメイクを手伝ってほしい」と頼まれたのが最初です。そのとき市販のコスメだけじゃ満足できなくて、彫刻の粘土でパーツを作って貼り付けてみたんです。そうしたら動いたんですよ、顔の表皮が。俳優さんが笑ったら傷口が歪んで、怒ったら血管が浮き上がるように見えて。彫刻って基本的に動かないじゃないですか。でも特殊メイクは人間と一緒に動く、生きている彫刻だと気づいたんです。その瞬間に「これだ」と。
Interviewer
大学卒業後はすぐにこの道に?
黒澤 凛(くろさわ りん)
いえ、最初の2年は舞台の衣装スタッフをしていました。特殊メイクだけで食べられるかわからなかったし、親には「ちゃんとした仕事をしなさい」と言われていましたので(苦笑)。でもある日、舞台の現場で特殊メイクアーティストの仕事を間近で見る機会があって、その方の手さばきを見ていたら居ても立ってもいられなくなった。その場で「弟子にしてください」と頼み込んで、翌月から無給で通い始めたんです。
Interviewer
その後ニュージーランドへ渡られたんですね。海外を選んだ理由は?
黒澤 凛(くろさわ りん)
師匠に「日本で勉強できることは全部教えた。もっと上を目指したいならWETAに行け」と言われたんです。WETA Workshopといえば『ロード・オブ・ザ・リング』や『アバター』を手がけた世界最高峰の特殊効果スタジオ。当然ポートフォリオを送っても最初は門前払いでした。それで諦めずに3回送って、3回目にやっと面接の機会をもらえた。英語は当時ほぼ話せなかったので、作品と体で勝負しました。面接中にその場でシリコンパーツを作ってみせたんです。
Interviewer
それで採用されたと。ニュージーランドでの3年間はいかがでしたか?
黒澤 凛(くろさわ りん)
最初の6ヶ月は毎晩泣いていました。言葉の壁はもちろん、技術の差に愕然として。私がそれまで「完璧だ」と思っていたものが、向こうのスタッフには「まだ甘い」と言われる。特に皮膚の毛穴の再現技術と、シリコンの色調合わせ——これは本当に次元が違った。でもそこで出会ったメンターのトーマスという人が、「お前の彫刻的なアプローチは面白い。捨てるな」と言ってくれた。その言葉が私を変えたと思います。
Interviewer
キャリアの中で最大の転機になった作品や出来事を教えていただけますか?
黒澤 凛(くろさわ りん)
帰国して3年目に手がけた映画『獄の底』です。主人公は死刑囚で、30年間獄中にいた男の役。演じる俳優さんは当時36歳でした。監督から要求されたのは「30年の孤独が体に刻まれていること」。技術的な難題はもちろんありましたが、それより辛かったのは、リサーチのために実際の元受刑者の方に会いに行ったことです。その方の手の皺、首の皮膚の垂れ方、爪の形……丁寧に記録させてもらいながら、この方が何を経験してきたかを考えたら、途中で手が止まってしまった。メイクを「作る」じゃなくて「受け取る」という感覚に変わった瞬間でした。
Interviewer
「受け取る」、ですか。もう少し詳しく聞かせてください。
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黒澤 凛(くろさわ りん)
それまでの私は、自分のアイデアや技術を表現することに必死だったと思います。でも『獄の底』以来、まず対象をとことん観察して、その人の歴史や痛みを自分の体に一旦吸収してから、それを素材に返す、という順番になった。リサーチに使う時間が格段に増えました。今では制作期間の3分の1はリサーチに費やします。実在する病気や老化のプロセスを医師に聞いたり、事故の痕跡を研究したり。そうしないと「本当のもの」は作れないと思っているので。
Interviewer
これまでで最も技術的に難しかった仕事は何でしたか?
黒澤 凛(くろさわ りん)
2年前の舞台作品で、俳優さんが「水中」に見せるメイクをしてほしいという依頼がありました。肌が水を含んでふやけた状態、指先の皺、唇の白み……それを舞台の強い照明の下でも、客席の後ろから見ても伝わるように作らないといけない。さらにその俳優さんが2時間の公演中に汗をかいても剥がれてはいけない。シリコンの配合を37パターン試して、初日まで3日しかなかった38パターン目でやっと納得できるものができた。あのときは本当に地獄でしたね(笑)。でも幕が上がって、客席から「うわっ」という声が聞こえたときの快感は、何にも代えられない。
Interviewer
逆に、仕事で心が折れそうになった経験は?
黒澤 凛(くろさわ りん)
独立して2年目、大きな映画のメイクチーフに抜擢されたんですが、撮影直前に監督から「イメージと違う」と全部やり直しを命じられたことがあります。3ヶ月分の仕事が一晩で否定されて、その夜は本当に廃業しようと思いました。でも翌朝、スタッフの子が「黒澤さん、昨日の試作品、本当にきれいでしたよ」とそっと言ってくれた。そのひと言で立ち上がれた。今でも弟子や助手に、いいと思ったら必ず言葉にして伝えるようにしています。誰かの「きれいだ」という一言が人を救うことがある。
Interviewer
工房に若いスタッフも多いですね。後進の育成についてはどのようにお考えですか?
黒澤 凛(くろさわ りん)
今いる4人のスタッフには、最初の1年は「うまく作ろうとするな」と言い続けます。まず観ること、触ること、感じること。人間の皮膚を1000回触ったことがある人と、10回の人では、シリコンの厚みへの感覚がまるで違う。技術は後からついてくる。それより先に「なぜその傷はそこにあるのか」「この老化はどんな生活から生まれたのか」を考える習慣をつけてほしいんです。テクニシャンじゃなくて、語り部になってほしいんですよ。
Interviewer
映画やドラマだけでなく、最近は医療分野とのコラボレーションもされているとか。
黒澤 凛(くろさわ りん)
はい。2年前から形成外科の先生と一緒に、手術痕や先天的な皮膚疾患をカバーするためのシリコン義肢パーツを作っています。これは映画とは全然違う緊張感があります。俳優さんのメイクは撮影が終われば剥がせる。でも医療用のパーツは、それを日常的につける人の自己肯定感に直接関わる。先日、顔に大きな火傷痕のある20代の女性に初めてパーツをつけたとき、彼女が鏡を見て泣いたんです。うれしい涙なのか悲しい涙なのか、最初わからなくて。「生まれて初めて、鏡を見てもいいと思った」と言ってくれたとき、私も一緒に泣いてしまいました。
Interviewer
その体験は、黒澤さんの仕事への考え方を変えましたか?
黒澤 凛(くろさわ りん)
変えたというより、深めてくれたと思います。映画も医療も、根っこは同じだと気づきました。特殊メイクって要は「見え方を変えること」ですよね。でも本当の目的は、その人が「自分はこういう人間だ」と信じられる形を作ることだと思うんです。俳優さんに老人の顔を施すとき、その方が「私は本当に80年を生きた」と感じられれば演技が変わる。火傷痕を持つ女性が鏡を見られるようになれば、世界との関わり方が変わる。皮膚は外側にありますが、それは内側の話なんです、本当は。
Interviewer
最後に、黒澤さんが仕事をする上で絶対に曲げない信念、あるいはこれから挑戦したいことを教えてください。
黒澤 凛(くろさわ りん)
信念は「皮膚は嘘をつかない」ということ。どんなに精巧なデジタル技術が進化しても、本物のシリコンが俳優さんの体温で温まったとき、撮影中に俳優さんの息づかいで微妙に動いたとき、そこには嘘のない何かが生まれると信じています。これからやりたいことは……老いることへの恐怖を解く作品を作りたいんです。日本人は老いを隠す文化がありますよね。でも老いた皮膚には本当に美しい彫刻のような線がある。80歳の皮膚を舞台の上で「美しい」と客席が感じる瞬間を、私の手で作り出したい。それが今の夢です。
取材が終わり、工房を出る直前、黒澤凛はひとつの小さな手のひらサイズのシリコンパーツを取り出して見せてくれた。老人の手の甲を模したそれは、光の当たり方によって静脈の色が変わり、皺の深さが息をするように揺れて見えた。「これを作るのに4日かかりました」と彼女は言った。その4日間に何十年分もの人生が詰め込まれていた。皮膚を作る人間が、これほど深く人間の内側を見つめているとは。帰り道、自分自身の手の甲を、初めてじっくりと眺めた。
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黒澤さんのキャリアで最も印象的だったのは?
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「老いの美しさを描く」という夢、どう思いますか?